禅語「無縄自縛」

今日もご覧いただきありがとうございます。

無作為で選んだ「禅語」と、それに対しての松本の思考を一緒にお届けします。

ぜひ、自分ならこう解釈し、こう活かす、と置き換えて考えてみてください。

それでは、

●今週の禅語「無縄自縛」(むじょうじばく)

●簡単な意味
読んで字のごとく、縄がないのに自分で自分を縛っているということ。

●松本の思考

このメルマガでは、よくパラダイムという言葉で扱っていますが、
自分の思い込みや当たり前、価値観の枠にとらわれていること。

まさにこれですね。

パラダイムって、自分ではなかなか気付くことができません。

本当に当たり前に、あるいは、意識さえできずにいることです。

その結果、全くそんなことはないのに自分がしたい行動をできなくすることがあります。

勉強でなにか一つつまずいてしまうと自分は頭が悪いと思い込んでしまい、すべての勉強をしなくなるとか。

すごくお料理が上手で、テーブルコーディネートまでできるのに
教えたことがないから、人に教える資格などないと思い込んでいる。

いろんなパラダイムがあります。

自分自身がしたいことができない時、それは本当にできない理由なのかどうかよくよく見つめてみる。

まずはそこに思い至ることかな、と思います。

●まとめ
人は様々なパラダイムに縛られている。
その結果、できることもできなくなっているともったいない。

無理だ、ダメだと思う時、本当にそうなのか、見つめてみてもよいかもしれない。

それでは、佳き一日になりますように。