禅語「無事是貴人」

今日もご覧いただきありがとうございます。

無作為で選んだ「禅語」と、それに対しての松本の思考を一緒にお届けします。

ぜひ、自分ならこう解釈し、こう活かす、と置き換えて考えてみてください。

それでは、

●今週の禅語「無事是貴人」
(ぶじこれきにん)

●簡単な意味
無事とは、あれこれと思い悩み、これは良いとか悪いとか選別したり、
無駄な考えやえ選り好みをしないこと。
貴人とは、真に貴い人のことで、仏教でいう所の悟りを得た人のこと。

あちらの方が優れていそうとか、こちらの方が良いのではないかとか、
あれこれ思い悩んで、右往左往したりせず、
ひたすら目の前にある日常を見つめる生き方をすること。

つまり、普段の生活の一つ一つを丁寧に行うことで、
何物にもとらわれない真に悟った人となるという意味。

●松本の思考

無作為で本を開き、出てきた禅語をお伝えしておりますが・・・
2017年の私のテーマと見事にリンクしていると思いました。

丁寧に生きる

日々、何気ないことでも、丁寧に扱うことによって
そういった自分の中にある輝きを磨いていくということです。

簡単なようで決して簡単ではないと思います。

今、私は活動的に色々な事にチャレンジしていますが、
2年くらい前には、

毎日決められたようにきちんと働き、
必要なものを必要なだけ持って、
六畳二間プラス台所くらいのアパートに住んで、
仕事帰りの夕暮れ時に商店街で必要な食材だけを買い求め
ちょっとニュースでも見ながら食事して、
身の回りのことをきちんとこなし、
お風呂に入って就寝まで読書して過ごす。
そんな時間や毎日を淡々と重ねていく。
(主演 吉永小百合のイメージで)

そんな清貧とも言える穏やかな日常を紡いでいくのも
また、素晴らしい人生ではないか。

そういった丁寧な暮らしこそが人間の営みではないか

と考えていました。

今でも、そういった生活は、シンプルで素晴らしいものだと思っています。

禅僧の修行では、食事の支度も掃除も修行の一環です。

する物事自体は違っても、
意識の、自分自身の在り方は共通しているということでしょうか。

現代社会では、毎日毎日の仕事に追われ、
やるべきことをいかに効率良くさばくかという
テクニックに走りがちです。

しかし、一つ一つの物事を、丁寧に扱う。
でも、よどみなく流れる様に扱う。

その意識によって、質が変わる様にも思います。

そしてそれは最後のところで、効率を凌駕していく様に思います。

●まとめ

目の前にある雑多なことも大切に扱う。
その姿勢が自分自身の中にあるものを輝かせてくれる。

自分自身の日常を丁寧に生きることを積み重ねれば、
自分自身を素晴らしく生きることができる。

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