【禅語】拈一茎菜作丈六身

無作為で選んだ禅語と、それに対しての松本の思考をお届けします。
ぜひ、自分ならこう解釈し、こう活かす、と置き換えて考えてみてください。

それでは、

●今週の禅語「拈一茎菜作丈六身」

一茎菜を拈じて丈六身となす
(いっきょうさいをねんじてじょうろくしんとなす)

●簡単な意味
丈六とは一丈六尺のことで、標準的な仏像の高さの規格のこと。
一見取るに足らない一握りの野菜でも、仏様の体と思って扱いなさい。

春の七草

●松本の思考
禅の教えでは、食べることも即ち修行としています。
「精進」料理ですね。

生きていくためには食事をしなければなりません。
が、食材はもともとは命のあるもの。

その多くの生命によって生かされていることを忘れてはいけない。
つまらないと思う食材でも大切に扱いなさい。
その食材を扱う心の在り方が、
また精神と身体を養う、ということです。

今年の秋、天候不順により、野菜が異常に高騰しました。

高騰してはいるのですが、
スーパーの店頭には、色とりどりの野菜が積まれていて
「野菜がない」という状態には陥っていませんでした。

そして、高いとは言え、何かをちょっと我慢するだけで、
十分普段通りの豊かな食材を得ることができました。

本当に、なんて豊かな国なのだろうとつくづく感じていました。

恵まれている環境にいると、その環境のことを当たり前だと思って
ありがたみを忘れてしまうのかもしれません。

自分が取るに足らないと思っていたり、
あることさえ意識していなかったり、
あふれていて当然だったり、
おろそかにしていることが、
実はとても大切なことかもしれません。

日常の中の小さな出来事

晴れた空
いつもと同じ朝
毎日のルーティンワーク
戦争でないこと

●まとめ
大切に扱うべきことほど見えていない、かも。

それでは、佳き一日になりますように。

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